その前に
さくら道国際ネイチャーランの続きを書く、その前に。
ほら、数日前に「堂々と生きられる世の中に」っていう記事、書いたじゃない?
あれから考えてみたんだよね。
なんで、がんだということを隠したり、黙っておく必要があるのかな?
そして、私のできることは、なんだろう?
隠したり黙っておくのは、がんだということを知られると自分にとって不利な状況になるかもしれない、ということだよね。
その原因はどこにあるんだろう?
私の考えはね、がんに対するイメージがもたらすことなんじゃないかって。
例えばさ、がんになることがラッキー☆なこと、というイメージがあったら。
がんになった時「おめでとう」となりそうじゃない?
じゃあ、がんに対するイメージってなんだろう?
きっとそれぞれ、あると思う。
私は、おばあちゃんや叔父さんががんになったと聞いた時と自分自身ががんだと知った時とで、イメージが違ったの。
その違いはどうして生まれてきたのか?
それは、知らない、知っている、の違いだと思うの。
知ることによって、がんに対するイメージが変わってきたんだよね。
そして、元気ながん患者さん方、ステキ☆ながん患者さん方と出逢ったからなんだ。
今、私が思うこと。
もちろん、社会や医療などの制度が変わっていくことも必要なんだろうけれど。
その部分について関わるには、私には、ちょいと難しそう。
得意な方々にお任せして、私は私のできること、したいことをしよう。
で、考えてみた。
私は治療中、がん治療後にスポーツをしている方の存在を見つけることがあんまりできなかったのね。
ブログとかWebサイトとか、当時、検索したんだけどね。
治療中の情報は得られても、治療後の生活について、知ることが難しかった。
ましてや、私と同じ治療を受けた方は、ごくわずか。
(日本では臨床試験なのもあって、私で18番目くらいだからねぇ)
情報が見つからないなら、自分で作ろう
生きる希望が見つからないなら、自分で創ればいい
ってことで、Webサイトを作ったり、ブログを書くことにしたんだ。
(生きた証を残したい、っていうのもあったけれど、さ。
あらま、予想外に長生きしてるね)
じゃなきゃ、わざわざ書かないよー。
ひょっとしたら、どこかでどなたかの力になれるかも。
それだけよ。
あと、私ができること。
んー、いろいろ考えたんだけどね。
これまでと変わらず、走り続けること♪
いやー、他にもできることがあるかもしれないけれど、
今の私にはこれが精一杯かなぁ。
あ、別に他の方のためだけに走るわけじゃないよ。
あくまで、私は私の好きなことをしたいだけ。
そのついでに何かできたら。
前までは「こういうことしても、大丈夫かな?」
「こんなことを言っても、いいのかな?」
周りからの評価が気になってた。
だけど、今は。
そんなこっちゃ、どーでもいいのさ。
だって、自分以外のことは変えられないんだもん。
どう思われようが、自分がどーのこーのできるわけじゃないし、構わない。
それよりも、がんと闘う方の力になりたい。
そんだけ。
これからも、走り続けていこう♪
どうしたら、たのしくなるかな?
おもしろいことを探して。
いつでも、笑っていこう♪
私は私の人生をたのしんでいきたい。
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