« 2014年3月 | トップページ | 2014年5月 »

2014年4月

2014年4月25日 (金)

はじまり

朝、1時間ほどランニング。

普段は朝に走ることはめったにしないのに。

 

140425_2

 

日本から参加している、がんドクター、がん専門薬剤師さんも一緒に。

おっとー!リス発見。

 

140425_3

 

パンを齧ってる。かわいい!

だけど、あちらではリスはネズミと同じよーな扱いみたい。

 

今の季節、テキサスはカラッとした暑さでさわやか。

日差しはちょっと強いのかなぁ。

 

140425_4

 

走った後にこんな大きなランチをいただき。

ミーティング、はじまりー♪

 

140425_5

 

 

| | トラックバック (0)

2014年4月24日 (木)

無事、到着

デトロイトでの入国審査。

「なぜ、去年2回、今回、とアメリカに来たの?」

「去年2月と今回はLIVESTRONG財団のミーティングで、8月はトライアスロン大会に出るために来ました。」

「LIVESTRONG財団?あなたの家族ががんだったの?」

へー。

LIVESTRONG財団のことって知られているのねぇ。

「えーっと、私自身がリンパ腫サバイバーです。」

「素晴らしい!」

愛想があんまりなさそうな入国審査のイメージがひっくり返りそうなほどの大きな声。

と、まぁ、この後も「どのくらい滞在するの?」とか「ミーティングで何するの?」など質問が続き・・・ようやく入国。

 

オースティン行きの飛行機に乗り換え・・・離陸前に寝て、着陸の衝撃で起きた。

3時間、まるまる寝て到着。

 

滞在&ミーティングをするホテルは、なーんと!テキサス大学の敷地内。

大学の中にホテルって・・・どんなのー?

バスに乗っていると後ろのノリノリなお兄さんに話しかけられ。

た、助かったぁ。いまいちどこで降りたらいいのか、わらなかったんだよね。

 

で、どーにかこーにかホテルに着くと、日本から来ている方々と合流して晩ご飯。

 

同じトライアスロンクラブのチームメイトであり、Japan for LIVESTRONGのリーダーをしている、てっしー。

明後日、2回目の手術を受けるということで励ましの写メール☆

 

Img_3224_800x600 Img_3222_800x600

 

こうして1日め、おしまい。

明日のお昼からミーティングスタート!!

おやすみなさい★

 

140424_2

 

 

| | トラックバック (0)

LIVESTRONG Assemblyへ

アメリカ・テキサス州オースティンで行われる、LIVESTRONG財団のミーティングへ。

 

日本からは7人の参加。

財団側が航空券を手配してくださるんだけど・・・他の方々は一旦成田に集まり、そこから一緒で。

なぜか私だけ名古屋→デトロイト→オースティン。

さびしーっ。

140424_2

んま、一人でぼーっとする時間も大切だね♪

ということで、いってきまーす!!

 

 

| | トラックバック (0)

長崎での講演(5/11)

140423

5/11(日)に長崎県大村市のサイクルロッジ タニグチさんにて"Cancer Survivor Naver Give up -これからスポーツをはじめる,続ける人へ"をテーマにお話します。

 

サイクルロッジ タニグチさんのスタッフであり長崎国体を目指しているボート選手,中島さんとのパネルディスカッションも予定しています。

 

今年の2月に長崎県大村市での骨髄バンク講演会へ伺った時にこのイベント企画のお話をいただきました。

わーお!!ほんとにお話することになり、どきどき★わくわく。

ステキな機会をくださり、ありがとうございます。

 

大村市は海と山があり、ゆっくりのんびーりしていて。

あちこち自転車で走ってみたくなるところです。

もしお近くでしたら、ぜひ参加くださいませ☆

 

 

| | トラックバック (0)

2014年4月23日 (水)

ローラー台練習

トライアスロンチームの水曜日練習☆

140423_2

| | トラックバック (0)

2014年4月22日 (火)

ケアルームを開きます

エイドステーションで身体ケアの勉強中☆

6月にケアルームを三河豊田駅すぐのところで開くことにしました。

勉強を始めたのは…

数年前までマラソンをたのしんでいた母が身体を痛めて走れなくなったり、腰痛持ちの父や周りのアスリート仲間、サバイバーさん方が痛みや動きにくさに悩む姿を見て「何かできたらいいな」と思ったのがきっかけ。

私自身も痛みに悩んでいろんな治療院に通っていく中で。

3年前に「ここだっ!」と感じられたのがここ、エイドステーション。

140425

実際に走り方がずいぶん変わってびっくり!!

もともと人にマッサージ(自己流なんだけど)したりするのが趣味だったのもあり勉強してみたいなぁ、と漠然と思っていたら。

「習ってみる?」となんと!声を掛けていただき今日に至ります。

 

体だけでなく心の面もケアしていただき、楽しい毎日を送ることができているのは、エイドステーションのおかげ★

私もそんなケアルームを作っていけたらいいな♪

 

 

| | トラックバック (0)

2014年4月17日 (木)

「がんとの上手な付き合い方」

3月に市民公開講座でお話したことが「みんなの健康百科」Webサイトに掲載されました☆

今回は初めてがん経験そのものをお話。
わぁ、私の話って、こんな感じなんだねぇ。

http://kenko100.jp/articles/140416002924/

| | トラックバック (0)

2014年4月11日 (金)

カツオさんの生き方

「楽しみながら死を迎える」

140411

2児のパパでありトライアスリートのカツオさん(真ん中の方)は終活...終末期活動中。

自分がいなくなった後、家族が困らないようにオリジナル有事プログラムを作って準備。

不安や心配を明らかにして、できることをしたら後はたのしんでいこう!と。

「治療だけに立ち向かうのは明らめたけれど、たのしむことはあきらめない。

それが自分自身の人生を生きるということ。

自分にとっての『生きる、ってなーに?』ということですよね。」

カツオさんと出逢って4年経つんじゃないかなー?

偶然、同じ病院で。

当時から繰り返しカツオさんが言っていること。

「治すことはもちろん大切ですよ。

でも治すこと、治療にばかり必死になってしまってそれが人生になっている方の多いこと。

治すために生きているわけじゃない、たのしむために生きているのだから。」

 

つい、どこかに異状がある、病気があるとなくそう、よくしよう、と考えるよね。

なくさないといけないの?

そりゃあ、なくなった方がいい。

でもなくならなくても、自分の人生を生きられる。

今、この時間できること、したいことをしていかないともったいないじゃない?

 

闘わない生き方。

私はカツオさんの生き方を支持してる。

「がん細胞だって自分の細胞なんだから。一緒に生きていけばいいんだよ。

共倒れするかもしれないけどさ。

その日がくるまでできるだけ仕事もして、たのしみながらいくよ。

骨転移しているから自転車には乗れなくなった分、山登りして巨木から生命の力をあやかりながら、ね」

 

「わざわざ苦しまなくてもいいんだよ。

プロレスラー相手に闘っても負け続けて屈辱感だけが増えていく。

いいんだよ、試合放棄しても。観客席で踊っている方がたのしいじゃない?」

諦める、それは明らかにすること。

 

そして。

「たのしめることは全力でたのしむよ。

一緒にたのしい時間を過ごした時のことを人は憶えているものだから。

人の記憶に生き続けていきたい。

人と過ごせる時間をたのしみながら大切にしたい。」

 

カツオさんのキラキラ☆輝いていく姿に希望をいただいていますよー!!

 

 

| | トラックバック (0)

2014年4月 9日 (水)

これまでのこと、これからのこと

「走りたいような、走りたくないような」

 

いざ、走ってみると。「たのしかったぁ。明日も走ろう。」

次の日になると、どことなく走りたくない。走る力が湧いてこない。

大会にエントリーしているのに。あれだけ夢中だったのに。

「IRONMAN 70.3でワールドチャンピオンシップへ行きたい」とまで言っていたのに。

 

そう、走る理由がなくなってしまった。

再発や治療による二次がんと診断されるのが怖かった。何をしてもどの道に進んでも、不安から逃れられない。 何かを始めては、辞め、初めては辞め、の繰り返し。不安を潰すようにエネルギーに代えて走っていたんだ。

 

不安、とは何だろう?

再発=死、いつくるかわからないから不安。ひょっとしたら自分で決め付けていることなのかもしれない。

病気そのものが怖いのではなく、死ぬことが怖いんだ。

 

いいことも、よくないこともすべて自分の役割。

「死ぬことは自分の役割のひとつ。タイミングも役割のひとつ。」

そう捉えるようになり、少しずつ死ぬことがそれほど怖くなくなってきた。

 

「身体が動いているうちは、大丈夫、生きていられる。」初めて死を意識したのは、治療中に身体が動かなくなった時。

 

「希望がないなら、つくればいい。自分で生きる希望をつくっていこう」

1年後、5年後、10年後・・・私は生きているのだろうか。

目の前の目標に向かっている間は生きていられるような気がして、がむしゃらに走り続けていた。

トライアスロンをするのも、マラソンをするのも、いつの間にか私にとっては"がん"に繋がっていること、になっていた。

走ること、泳ぐことは生きたい!との叫びだったんだ。「今、生きているんだ!」と感じるためのもの。

 

死ぬことが怖くなくなったら、走る理由がなくなったような、ぽっかり穴が空いた気持ち。

 

"Cancer Survivor Never give up" "走ることで生きる希望を伝える"

もう、これまで十分してきたし、やめてもいいかな。がん、だったということ。忘れてもいいんじゃない?手放してもいいんじゃない?

走ろうとすると、どうしても浮かんでくる。"がん" そして "生きるということ、死ぬということ"

 

振り返ってみると。

これまで私がしてきたことは「生きたい!」という叫ぶためのものだったのかも。

ただ大義名分をつけて叫んでいただけなんじゃないか?あぁ、愕然。

がんになったことを過去のことにしたい、終わったことにしたい。いつまで私はこだわり続けるんだろう?

 

がんに関するサポートが必要なのは、特別視をしているところから始まっているのでは?

ふと、そんな疑問が湧いてきて・・・私は特別なことをしているのかな?

ということは、自分で自分のことを特別視しているっていうこと?

 

しゃがみこみたくなるような違和感。

おそらく"死ぬこと"を役割として捉えることで怖くなくなり、今度は「"死ぬこと"を怖がること」を許せなくなっていたから。

許さないことで、今の自分を肯定してつじつま合わせをしようとしていたかもしれない。

 

走ろうか、どうしようか、スタートへ向かいながらも考えていた、3/29、30の六甲縦走キャノンボールラン。

Cannon2014_3

雨が降り続ける午後9時、山道110kmのスタート。

木に囲まれた山の中は暗く、どこが道なのかもわからない。頼りになるのは、頭に付けた小さな明かりだけ。真っ暗な中を手探りで登り、下る。

そんな中、無意識の内に振り返っていた。これまでのこと、すっかり自信をなくしていたこのごろの自分のこと。

 

あれれ?私は私が思っているより、体力があるかもしれない。

雨も風もどんどん強くなって状況は厳しくなっていくところ、たのしい!おもしろい!と感じている自分に気が付いた。

 

「そうか、私、今、たのしいんだ。」

 

午前3時、さらに強くなっていく雨と風。この先へと進むのか、下山か。もし何かがあっても自力で何ともできないかもしれない、との気持ちが強くなり、下山を決意。

 

帰ってくると。なぜかスッキリ!している自分に気付いた。

 

そうか、私はこれからも走っていきたいんだ。

がん、だったから、とは関係なく、走りたいんだ。

 

不思議。

きっとね、これまでは「私はがんだったから」と口にはしなくても心の中で言い続けていたんだ。

その一方で「がんだったことを過去のことに、終わったことにしないといけない」と思っていたの。

今はね、どっちでもいいや。そんな感じ。

 

んー、外側にあったそういう気持ちが、私の一部になったような感覚。意思とは別のところで、自然と過去のことになってるような。

「自由にしていいんだ。こだわってもいいし、こだわらなくてもいい。それは私が選ぶこと。」 どんどん開けていくような、そんな感じ。

 

「でも」「だって」「~しないといけない」

そういう言葉が頭に浮かぶとき。自分の中で許せない、認めたくない、受け入れたくない、そういう気持ちがあるとき。

それはそれでいいんだと私は思う。そうすることで何とか進もうとしていることの表れだから。

 

「前向きになりたいけれど、なれない」

どこかでなりたくない自分がいるんだと思う。そんな時は、自分は疲れているのかもしれない、と大切に労わってあげよう。

心の底からなりたくなったら、自然となっているから大丈夫。

望んでいるようで、望んでいない、いろんな想いが複雑に絡んでいるようで単純かもしれない気持ち。

何か他になりたくない理由があるんだよ、きっと。そこを見つめていくのもいいかもしれないね。

 

治りたいけれど、治りたくない気持ち、というのもあったりするから。なぜだろうね?

 

ま、そんなこんなで、私はこれからも走っていきたいし、がんに関わる活動をしていきたいな。


今のところは、そう考えているよ。

 

| | トラックバック (0)

2014年4月 6日 (日)

お花見サイクリング

2014_4_6

走り始めに雨がパラリ、ちょっぴり冷たい風が吹く中を50kmほどサイクリング。

自転車で走るの、たのし~い♪

 

| | トラックバック (0)

2014年4月 5日 (土)

9時間

わーお、意外と体力があるのかも!?

朝7時からスイム、バイク、ランニング練習を夕方17時近くまで。

途中で食事やぼーっと休憩していた時間も含めて9時間以上。

 

しばらく練習をしていなかったからね、

体力に自信がなかったけれど、意外と大丈夫なのかも。

 

そう、6月1日に愛知県で行われる、

水泳2km、自転車90km、マラソン21kmのトライアスロン大会

IRONMAN 70.3知多・常滑に今年も父と参加することに☆

 

さて、ここから大会へ向けてどれだけ体力をつけられるかしらー?

 

うん、よくがんばりました☆練習後にパチリ

2014_4_5

 

| | トラックバック (0)

2014年4月 3日 (木)

1200M個人メドレー

ひゃっほーい☆

今日は少し足を伸ばして、50Mプールへ。

 

このプールには、治療中に来たっけ。
そう、すでに髪の毛なかったんだけど、キャップを被ったらバレないでしょ?
ま、バレても、どっちでもよかったんだけどさ。

さすがに顔を付けて泳ぐのは怖くて、ウォーキングに留めておいたのよね。
と、懐かしさに浸りつつ。

 

50Mプールは深さが2M近くあって、広々とした感じがたまらなーい♪

ただ、ボケーッと泳いでいるのもつまんないなぁ。

体力付けには個人メドレー!!
(個人メドレー:バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、クロールの順に泳ぐこと)

ってことで。
200M個人メドレーだと、おそらく2、3本泳いだところでやーめた、となりそうで。
ここは、1200M個人メドレーを泳いでみよっと。

 

学生の頃、1600M個人メドレーは1シーズンに1回、イベントにして泳いでいたのよ。
その頃に比べると距離に対する感覚が変わってきたかも。
そりゃ、3.8km泳いだ後に自転車180km、マラソン42kmの大会など、ちょっと頭、おかしいんじゃないの?という距離をこなしていたら、距離感覚もおかしくなるよなぁ。

で、バタフライ300m、背泳ぎ300m、まではよかった、うん。
んもーっ 平泳ぎ。
全然、進まない。ほんとに進まない。キックがすっかすか、腕で進んでる感じ。
あまりのすっかすかぶりに笑えてきちゃって、ゴボッ。

クロールに入ると、おぉー!進む進む。
あら、意外と楽に1200mが終わっちゃった。

その後、クロールを泳ぐと、びっくり。
水を掴む感覚が研ぎ澄まされたような。

また、やってみよー♪

 

2014_4_3

 

| | トラックバック (0)

2014年4月 2日 (水)

"選択"のチカラ

この頃、興味深いこと・・・それは「選択」の持つ力。

 

「選択した」

という気持ちから、自分の人生を自分で生きている実感が生まれるのかもしれないね。

 

治療中のことを振り返ると、こう思っていたんだよね。

「病気と診断されて、治療を受けていて。

道が狭まっていくように感じるかもしれないけれど、私は自由なんだ。」

ってこと。

 

最近まですっかり忘れてた。

おそらく当時作ったWebサイトのどこかに書いていたはず。

読み返すのは、ちょっと勇気がいるなぁ、あはは。

 

確かに気をつけないといけないことがあったり、できないことがあるけれど。

何をしても、何を思っても、考えても、自由なんだ。

 

いつまで生きられるのか・・・自分の人生が先細りに見えてくるけれど、ぱぁぁと拓けたように感じたのよね。

それは、主治医:おかもっちのおかげ。

治療が始まってしばらくした、ある日のこと。

抗がん剤を入れられながら 「もーっ、これ入れると吐くんだよねぇ。」

すると、おかもっちが「先生のためじゃないよ。」と一言。

 

そうか、これは自分のためなんだ。

 

この気付きが、治療に主体的に関わっている、という感覚を生んでくれたの。

当時22歳。

私の希望通り、状態も治療方法もリスクも全部、おかもっちから伺うことができて。

治療方法も選ぶことができた。

この「自分で選んだ」ということが、治療に対して積極的に関わっていこう、

耐えていこう、という気持ちをもたらしてくれたんだ。

 

だけど、選択について知っていくうちに、ね。

自分で選択するには辛い状況、というのも出てくるんだよね。

時には選択を他に委ねることも大切なのかもしれない。

ただ、漠然と委ねるのではなく「この選択を委ねる」という選択をした、という意識があるなら、その後の人生の捉え方も変わってくると思う。

 

感情、表現、行動・・・意識していないだけで、すべて自分で選んでいるんだよね。

物事はただ、起きた。

意味もなにもなく。

それに対して、どんな感情を持つのか、

どんなリアクションをするのか、

どんなことを考えるのか、そして行動するのか、しないのか。

すべて自分の選択によるもの。

 

でもね、あまりにもこう考えすぎると自分自身を責めることにもなりかねなくて。

「あのとき、あの選択をするしかなかった状況、状態、環境だったんだ。

よくがんばってきたね、自分。」

何を選んでも、どんな結果になっても、その選択をした自分自身を大切にすること。

どんな自分でもいいんだよ。

ここまで生き延びてきたこと、ここにいること、それはつまりいろんなことに耐えて、なんとかしようとしてきたことなんだから。

 

自分自身を大切にすると、他の人のことも大切にできる。

自分自身を犠牲にすると、他の人にも犠牲を負わせることになる。

 

自分が選んだこと、

どれも正しい道、どれも素敵な道☆

 

相手は、物事は、結果は・・・自分の力ではコントロールできない。

変えられるのは、自分のことだけ。選べるのは、自分のことだけ。

自分にできること したいこと できるだけ するしかない。

 

大丈夫、立ち上がる力も 進む力も 自分の中にすべてあるからね。

 

| | トラックバック (0)

「がんとの上手な付き合い方」

「"がん"との上手な付き合い方は "がんになった新しい自分"との付き合い方だと私は考えています。

みなさん、これからどのように生きていきたいですか?」

 

3/22に開催された、日本腫瘍薬学会主催の市民公開講座 

サバイバーシッププログラム 「がん患者の笑顔のためにできること」 において

「がんとの上手な付き合い方」をテーマにお話。

 

本来ならJapan for LIVESTRONGを作ったBinzeeが発表する予定だったところ。

Binzeeに再発の疑い(結果、大丈夫!よかったぁ)があり、2月にお見舞いに伺うと。

「おりちゃん、3月の講演会の代役をしてくれないかな?」

私をここまで引っ張ってきてくれたBinzeeのお願いだもの、喜んで引き受けるよ♪

 

と、言ったものの。

おぉー!!千葉県、ま、幕張メッセで?

しかも、テーマは「がんとの上手な付き合い方」

ん?上手な付き合い方って、なーんだ?

 

私自身、上手に付き合っているのかわからないけれど・・・。

血液がんになって10年、特にこの1年は振り返る機会に恵まれたのもあったりして、ようやく自分が病気だった、ということを受け入れられたり、ね。

 

この間の診察で、主治医:おかもっちに

「えへへ。10年経ってようやく自分が病気だった、ということがわかりました。」と伝えてきたばかり。

 

きっとね、もう少し前にこのお話をいただいていたら、今回とはまったく違う内容だったと思う。

言葉にしなくても「私、大変なんです、わかってください。」という必死な感じが出ていたんじゃないかな。

自分で認められなかった分、ね。

今だから話せること。

お話してきました☆

 

そのときのチラシがこちら↓

Jaspo

あー、今更ながらに気付いた・・・こういうことって、イベントの前にアップした方がいいんだよねぇ。

ま、それはまた、次の機会ってことで☆

 

 

| | トラックバック (0)

「がんとの上手な付き合い方」抄録

3/22に開催された、サバイバーシッププログラム「がん患者の笑顔のためにできること」

「がんとの上手な付き合い方」をテーマにお話。

事前にみなさまへ配布された抄録の原稿を載せますね。

 

 

今から11年前の2003年。トライアスロンにチャレンジしたい!と思っていた22歳の頃。

白血病と同じ血液がんのひとつである、悪性リンパ腫(ホジキンリンパ腫)ステージ4と診断されました。

進行期だったのもあり標準療法ではなく臨床試験段階の化学治療(BEACOPP療法)を選択、放射線治療を受けました。

脾臓、肝臓、リンパ節など標準よりも大きいと判断され、部分寛解に至ります。

 

化学治療中、副作用がひどく歩くのもままならない状態に。

「もう走ったり、泳いだりできないのかな。それどころかあまり長くは生きられないのかな。」

そんな時、トライアスロン仲間が教えてくれたLIVESTRONG財団の存在から、がん治療後にスポーツをされている方々のことを知り

「夢だった宮古島トライアスロン大会に出られるようになるかもしれない。」と"生きる希望"を持つことができました。

それから「いつか私が"生きる希望"を伝えられるようになりたいな。」との想いを持つようになりました。

 

自力で歩くことすら難しく、病院内は車椅子で移動していたところから4年後。

夢であり目標であった200kmの宮古島トライアスロン大会を13時間31分で完走。その後、カナダやアメリカでのトライアスロン大会を完走できるほどになりました。

さらに父と一緒にトライアスロン大会や100kmマラソン大会にもチャレンジしています。

現在では私に生きる希望を与えてくれたLIVESTRONG財団及び、その活動を日本から応援するボランティア団体Japan for LIVESTRONGのリーダーとして活動しています。

 

「もうすぐ私の人生は終わるかもしれないから、思いきりたのしもう。」

そう考え、がん治療に耐えながらその時にできることをできるだけしよう、精一杯たのしもうとしていたあの頃。

もしも治療が終わりまだ生きていたのなら、バラ色の人生が待っていると思っていました。しかし治療が終わったら闘いは終わり、ではなかったのです。

目標へ向かいながらも、先の人生を見ることができない日々。

治療が終わればがんであるということを過去のことにしないといけない、何事もなかったかのように振舞うことが回復なのだ、と葛藤していたところ。

がんになったことは私の役割、私は私の生き方をすればいい、がんになってよかった、と思うになりました。

「がんとの付き合い方」は「がんになった新しい自分との付き合い方」だと私は思います。

本日は、私のがんとの付き合い方のお話をいたします。何らかのご参考になりましたら幸いです。

 

"がんであっても なくても 自分自身の人生を生きよう

できること したいこと できる分だけ していこう

受け入れるのもいい 受け入れなくてもいい

自分が決めたこと 選んだことは 素敵な方法 素晴らしい道

自分の人生 自分次第 そう、自由なんだ

大丈夫、立ち上がる力は みんな それぞれ 持っているから"

 

 

| | トラックバック (0)

予告編☆ムービー

またまた、トライアスロン仲間が作ってくださった講演「がんとの上手な付き合い方」予告編ムービー☆

 

コチラ→https://www.youtube.com/watch?v=AL7uKclH0ro

 

くーっ かっこいい♪

今回は、テーマを挿入、途中の言葉をアレンジしていただきました。

BIG BEAR Filmさん、いつもありがとうございます!!

 

 

| | トラックバック (0)

« 2014年3月 | トップページ | 2014年5月 »